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整体日記

日別アーカイブ: 2015年6月6日

医学の歴史~古代ギリシャ【ヒポクラテス】

柏 整体

 

医学の歴史上の重要人物にスポットを当てて、医学の歴史を紐解いていきます。

今回は、古代ギリシャの医学の父ヒポクラテスについて書いていきます。

 

まず、ヒポクラテスを語る重要な点を箇条書きで書きます。

 

・ヒポクラテス全集

・医学の父と呼ばれる。

・マッサージを始めた。

・「病気を診ず、病人を診よ。」

・徒弟制度

・神がかり治療から、観察重視の治療へ

・ヒポクラテスの誓い

 

ヒポクラテスは、紀元前460年~370年頃にギリシアで活躍した医師で、彼の著作とされる『ヒポクラテス全集』は、世界で最も有名な医学の古典文献で、 ヒポクラテスの活躍した古代ギリシア時代の医学は、西洋医学のルーツとして評価され、また歴史上実在した人物ヒポクラテスを「医学の父」と呼んでいます。

 

ヒポクラテスは紀元前460年頃、エーゲ海南東の小島「コス島」に生まれました。

そして世襲の医師であった父から医術を学び、やがてギリシアの島々を巡回医として巡りながら、各地ですぐれた治療を行なって名声を高めました。

また「凡そ医たる者は、医学に関する学科とともにマッサージの一科をも研究せねばならない。」とマッサージの効力と必要性を述べました。

その後、長い間マッサージ研究は絶えたようですが、医学界の権威となった彼にはやがて多くの弟子がつき、100歳近い高齢まで生きたと伝えられています。

 

ヒポクラテスの古代ギリシアでは、コス島で発展したコス学派、クニドス島で発展したクニドス学派、シチリア島で発展したシシリー学派が3大学派と呼ばれ、 ヒポクラテスらコス島の医師を中心とする「コス学派」と対岸に勢力を持つ「クニドス学派」が対立していました。

 

クニドス学派は、病気を詳しく分析しようとしたのに対し、コス学派は、病気を患者の生命全体の中に発生した現象だととらえました。

 

クニドス学派は、「病人を診ず、病気を診よ。」 コス学派は、「病気を診ず、病人を診よ。」

その結果、この時代により大きな成功をおさめたのは、ヒポクラテスを中心としたコス学派のほうでした。

 

今現在の医療体系では、「病人を診ず、病気を診よ。」と、病理学を重要視した現代西洋医学の土台となる考え方が主流になっていますが、 「病気を診ず、病人を診よ。」と、ヒポクラテスの考え方を重要視した伝統東洋医学の漢方や鍼灸、西洋手技療法のカイロプラクティックやオステオパシーなどの代替療法も改めて評価されているように感じています。

 

さて、3大学派を見てわかるように、これらの学派はギリシア本土ではなく、周囲の植民地において発達しました。 その理由は、当時の医師は学校で教育されるのではなく、親方の医師について学ぶ、いわゆる徒弟制度によって知識の伝授や発達が行われたことにあります。

 

また、ヒポクラテス以前、古代ギリシアの医療は医神アスクレピオスへの信仰を中心とした魔術的なものでした。 ちなみにアスクレピオスの持つ「蛇の巻きついた杖」は、現代にあっても医学のシンボルとされ、WHOのロゴマークにも使用されています。

 

当時、ギリシア各地には、医神アスクレピオスをまつる神殿が数多く建てられ、治療を求めるものは、何日もこの神殿にこもって、神官から儀式的な治療を受けていました。

一方、ヒポクラテスは、こうした神がかり的な治療を否定しました。

ヒポクラテスは、けして無神論者であったわけではありませんが、しかし彼は「病気の原因は人間の智恵で理解できるはずだ。」と考え、超自然の力に頼った解決法にすがることを避けました。

 

また、ヒポクラテスは古代ギリシアで隆盛を極めていた「思弁哲学」からも医学を解放しようとしました。 彼は、推論と論証ではなく、客観的な現象の観察から、結論を出そうとしました。

 

当時ギリシアでは、『血液』『黄胆汁』『黒胆汁』『粘液』の四つの体液からなる四体液説が広く受けいられていました。

ヒポクラテスは、客観的な現象の観察から、生体には、こうした体液のバランスを回復させる機能『自然治癒力』が備わっていると考え、それを手助けすることが最も大切であると説きました。

 

こうしたヒポクラテスの姿勢は、後世、医学を自然科学として発展させる支柱となりました。 ヒポクラテス医学の持つ大きな特徴のひとつは、このような科学性にあります。

このようにして『ヒポクラテス全集』の名のもとに、当時の診察法、診断法、治療法が体系化されていきました。

 

ヒポクラテス医学には、こうした科学的な側面と同時に、もうひとつ重要な点があります。

それは医療者に求めた高い倫理性が書かれた『ヒポクラテスの誓い』です。

このヒポクラテスの誓いは、現在でも北米のほぼ全ての医学校の卒業式の誓いとして宣誓されるそうです。

 

 

最後に、『ヒポクラテスの誓い』を掲載して、今回の記事を終えたいと思います。

『ヒポクラテスの誓い(訳:小川鼎三)

 

 医神アポロン、アスクレピオス、ヒギエイア、パナケイアおよびすべての男神と女神に誓う。私の能力と判断にしたがってこの誓いと約束を守ることを。

 

1.この術を私に教えた人をわが親のごとく敬い、わが財を分かって、その必要あるとき助ける。

 

2.その子孫を私自身の兄弟のごとくみて、彼らが学ぶことを欲すれば報酬なしにこの術を教える。そして書きものや講義その他あらゆる方法で私の持つ医術の知識をわが息子、わが師の息子、また医の規則にもとずき約束と誓いで結ばれている弟子どもに分かち与え、それ以外の誰にも与えない。

 

3.私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない。

 

4.頼まれても死に導くような薬を与えない。それを覚らせることもしない。同様に婦人を流産に導く道具を与えない。

 

5.純粋と神聖をもってわが生涯を貫き、わが術を行う。

 

6.結石を切りだすことは神かけてしない。それを業とするものに委せる。

 

7.いかなる患家を訪れる時もそれはただ病者を益するためであり、あらゆる勝手な戯れや堕落の行いを避ける。女と男、自由人と奴隷の違いを考慮しない。

 

8.医に関すると否とにかかわらず他人の生活について秘密を守る。

 

9.この誓いを守りつづける限り、私は、いつも医術の実施を楽しみつつ生きてすべての人から尊敬されるであろう。もしこの誓いを破るならばその反対の運命をたまわりたい。』

 

※日本医師会ページより掲載

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